仙台 専門学校日本デザイナー芸術学院

高校二年生の夏休みは、どことなく最後の夏休みだとみんなが感じている。来年の今頃はきっと、夏期講習に翻弄されているのだろう。それゆえの提案だった。
「肝試し」
「そう。旧校舎の踊り場に鏡があるでしょ」
部活のために登校した学校の廊下で遭遇した、喜々として話すオカルト好きの彼女とは、正直あまり馬が合うとは言えない。しかし、友達の友達程度のつながりはあるので無下にするのも憚られた。
周囲に心の狭い人間だと思われるのが厭だった。
「あるね」
「あの鏡を夜の二時に見ると、不幸な目に遭って死んじゃうんだって」
ばかばかしい、と言いそうになった。慌てて口を閉じて言いなおす。
「……それ、見た人が死んでるなら、誰がそんな噂広めたの。鏡を見たってことを誰が知ってるの」
「まあ、そこはほら、怪談ってそういうところあるから。それに、眉唾だってわかってやるからいいんじゃん。怖い目になんか合わないってわかってるし。明後日には夏休みも終わるし、思い出作りだよ。だから、葵ちゃんも一緒に行かない?他にも、なっちとかみやとかそれとあと二人来るってよ」
「そうなの?」
彼女の口から聞かされた友人の名前に、思わず反応する。
ここで参加しなかったら、ノリの悪い人間だと思われるだろうか。けれど、正直に言うと、私は怖いものが苦手だ。チープなホラー映画でさえ見られない。
「……じゃあ、行こうかな」
結局、私は、人に悪く思われるのが厭だった。
「決まりね。明日の夜一時半に集合だから」
彼女が手を振って、私の前から立ち去る。
私は、彼女への対応の疲労と明日の夜が来ることの恐怖で気分が落ちるのを感じた。

「あんた、何してんの?」
靴ひもを結んでいると、母の声がした。
振り向くと、寝巻を着ている母が訝し気に私を見ていた。
「あの、ね。これは、その、えっと」
「……出かける気じゃないでしょうね。あんたまだ十七歳でしょうが。それに、明日始業式でしょ。さっさと寝なさい」
母の私を咎める視線に罪悪感を覚えながらも、私は少し喜んだ。これで、肝試しなんかに行かないで済む、と。
気持ちが軽くなると、体も軽くなるものだ。私はすいすいと靴ひもを解いて、自分の部屋に向かう。
寝巻に着替えて、布団に入り込む。
携帯で、『ごめん、お母さんにバレた。行けない』とメッセージを送って、返信は見ずに眠る。
明日は始業式だ。肝試しに行かないなら早く寝るが吉だろう。
その夜は、不安がなくなったからか、ぐっすりと眠れた。
外から聞こえた救急車のサイレンなんて気にならなかった。

「夏野栞と岡前宮子、それから仁科陽と北村加奈が昨日の夜、交通事故にあった」
私は先生の説明を聞きながら、友人たちの机の上に我が物顔で乗る花瓶と花を見つめていた。
「学校の前でのことだったそうだ」
学校の前。肝試しが終わって、帰ろうとした時だったのか。
――彼女は?
オカルト好きの彼女。友達の友達の彼女。私とみんなを肝試しに誘った彼女。彼女は一体どうなったのだろう。彼女の名前は呼ばれていない。私と同じように行かなかったのだろうか。
泣きすぎて頭痛がする頭ではよくわからなかった。
しかし、答えは存外、すぐに分かった。
放課後、ぼんやりとした頭のまま帰り支度をしていると、視界の端に、廊下で手招きをするオカルト好きの彼女が映った。
生きていたのか、と足早に彼女に近づく。
「大丈夫だったの?」
彼女は私の問いに答えない。
「昨日来なかったね。どうして?」
「お母さんに止められたんだよ。グループにメッセージ送ったでしょ。それより――」
「ふうん。そっか。まあいいや」
彼女はそう言うと、私に背を向ける。
違和感を覚える。友達の友達ではあったけれど、いや、だから、私の友達は彼女にとっても友達であったはずだ。それなのに、どうして、どうしてこんなに無関心なんだろうか。
厭な気配を覚えて、彼女を睨む。
「……お前は、なんなの」
彼女が振り返って、ゆるく微笑む。
「そうだね。それより、私を何だと思っていた?君は私の名前を、クラスを、部活を何か一つだって知っている?」
――知らない。そういえば、彼女と会うのはいつも廊下ばかりで。いつも二人きりで――待て、それなら、いつ私は彼女と知り合った?いつ、彼女が、友達の友達であると思った?
彼女の微笑みが醜悪なものに変わる。
「つまりはそういうことだよ。君は言ってたね、登場人物が死ぬ怪談は誰が広めるんだって。――私さ」
そんなことをして、なんの意味があるんだ。そんな怪談誰も信じない――違う、信じないから広めるんだ。こいつが自分で言っていた。
つまるところ、こいつは撒き餌だ。
私たちをおびき寄せて、釣りあげて、喰らうための――。
「じゃあね、弱虫ちゃん。今度、機会があれば、そのときはちゃんと、君にも不幸をプレゼントするよ」
それは、私に背を向けて手を振りながら、果ての見えない廊下を歩いて消えていった。