仙台 専門学校日本デザイナー芸術学院

彼はちょっとへんだ。いや、かなりへんかもしれない。
彼は僕と同じ高校に通い、クラスメイト。常に狐面をつけて顔の上半分を隠していて、人を驚かして楽しむのが趣味らしい。そこまでは別におかしいこともない。
しかし彼がへん、なのはなにかにつけて僕に絡んでくることだ。

あつい陽射しの中、日陰を選びながら歩く。夏のじっとりとした重たい空気と、一歩後ろに狐面の彼の気配。今日も、下校する僕に彼は一緒に帰ろう、と着いてきていた。いつものことだ。もう慣れた。
ちょっと遊んでいこうよ、と彼が足を止めて声をかけた。神社へと続く長い石段の前。僕の家はこの先だけど、彼の家はこの辺りらしく、いつもここで彼はふらりと姿を消していた。
「あついから、帰るよ」
面倒に思って、僕はいつものように帰り道の続きを歩き出した。彼がこのまま帰してくれるわけないのになあ、とも思いながら。
歩いていくと、いつの間にかさっきまで歩いていた神社の石段の少し手前に戻ってきていた。脇に生える木々に隠されているようなその入口の横で立ち止まる彼が、こちらを向いてその口端をにいっと釣り上げた。視線で追われるのを気にせず、その横を早足で通り過ぎる。
しかし、また石段の少し手前に戻った。白地に赤色の優雅な線をのせた狐面が、にやにやしてこちらを見ていた。三回ほど同じことを繰り返して、諦めた。
「わかった、わかったよ」
僕は彼の遊びに付き合わなくては家に帰れない。

木々のトンネルのような中、石段をぬけて古びた鳥居をくぐる。彼はぴょんぴょん跳ねるみたいにして僕の先を行った。
真っ直ぐに続く石畳を外れて、神社の裏側へまわる。元は小さな山らしかったところの上に作られたらしいこの神社は、木々が生い茂っている。
その中の木の一本に駆け寄って、彼は笑う。幹に触れて、愛しそうに撫ぜた。
だるまさんがころんだをしよう。
「二人しかいないのに?」
彼は楽しそうに、二人だからだよ、と答えた。いつもの調子の彼だ。
彼はだるまさんがころんだのルールを説明した。彼が鬼で、振り向く度に自分との思い出を話せ。二人だけだから特別ルールだ、と。
かくして、二人きりのだるまさんがころんだが始まった。彼とのこういうことは珍しくなかった。
彼はこちらに背を向けて、よく通る低い声をあげる。
だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ。
「学食でいきなりアイスを奢られたこと」
だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ。
「断っても帰り道に着いてくること」
だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ。
「それで、帰り道に公園に寄りたいって言うから着いて行ったら落とし穴にはめられたこと」
ゆっくり、お揃いの制服の背中に近づいていく。ざわ、と木々が揺れた。ワイシャツに陽射しが反射して眩しい。
だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ。
「雪の日、僕の机にそれなりの大きさの雪だるまを作って置かれてたこと…」

彼は人を驚かして楽しむのが趣味だ。なんでも、驚いた顔を見るのが好きだとか。
僕は感情の起伏が少なく、大抵のことに驚かない。だから、彼は僕に絡むのだと、本人からそう聞いた。僕自身は結構驚いてはいるのだけど、どうやら感情を顔に出すのが極端に下手みたいだった。心のどこかではいつも冷静で、物事を俯瞰して見ている。
彼からしたら、きっと僕の方がずっとへん、だったのかもしれない。
君の驚いた顔が見たい、そう言った彼がとても無邪気だったのをよく覚えている。

だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ。
「…テストの名前を勝手に君のと書き換えられてて、返却の時散々な点の答案が僕に返ってきたこと…」
こうして話していると、僕たち以外には誰もいない代わりに、思い出をひとつひとつ人質にされていくみたいだった。

そろそろ思い出せなくなってきた。彼とは長い付き合いだけど…あれ、会ってまだ間もない、気がする。だって、思い出せることがこんなに少ない。

だ、る、ま、さ、ん、が、
彼の背中は目の前だった。
手を伸ばす。
こ、ろ、ん、
「切った!」
背中に触れて、叫んだ。
走り出そうとしたところを、腕を掴んで引き止められた。
ルールと違うだろ、と言いかけて、息を飲んだ。
彼が、狐面を投げ捨てて、その夜明けの海みたいな透き通った青い瞳で、僕を見ていた。
音が、時間が、止まったみたいに、目を奪われる。
自分が目を大きく見開いていくのが、自分でよく分かった。口を開けて、息が詰まりそうなのを堪える。
「その顔だ!」
彼は、その綺麗な、遠く美しい澄んだ青を細めて、笑った。

その時大きく風が吹いて、咄嗟に目を閉じた。次に目を開けたら、彼はもうどこにも居なかった。
なんだか寂しいような気がしたけれど、彼は満足したんだな、と思って、安心して、それから僕はやっと家に帰ることができた。